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保育の真実と保育の可視化のあり方

 保育所風の子の遠藤です。東京八王子から発信しています。
2,005年3月、神奈川県川崎市宮前区の託児所で、1歳6ヶ月の男の子が手洗い場で溺れて、残念ながらお亡くなりになるという事故があり、
2,009年10月に不起訴処分となったことについて、その処分は不当として、先日、男の子のご両親が検察審査会に申し立てをされたそうです。
 事故当初と、不起訴処分が決定される前後の、元園長の供述が変わっていることが問題となっているようです。
真実は、この元園長しか知らないようであり、ぜひ、お亡くなりになった男の子がうかばれる決着をつけてほしいと、つよく願います

新聞報道などでしか、事故のことは分からないので、あまり内容や、元園長の供述について深くふれるようなことはやめておきますが、
保育園経営者だけじゃなくて、保育に従事する人間すべてと、考えておかなければならない事柄について、ひとつふれておきたいと思います。
 保育所風の子では、以前、ライブカメラという、インターネット上で、保育の様子を保護者の方々に観ていただけるようなシステムを導入していました。
そのころは、「ライブカメラをつけてます」というだけで、わたしたちのような認可外保育所でも、(いや、認可外保育所だからこそ) 安心していただけるようなところがあったからです
安心ということ以外にも、核家族化がすすみ、遠方に
お住まいの、おじいちゃん・おばあちゃんが、
「めったに会えない孫の姿を見ることができるので、
 毎日、パソコンの前で正座して、
 保育園がはじめるのを、今か今かと待ってます」という
よろこびの声をいただいたこともあります。
正直、思いもしなかった付加価値に、ライブカメラを
つけたことに自信もうまれました。
しかし、ある日突然、思いもしなかった事態が訪れます
 いつもお迎えにくる時間よりも、ずっと早く、突然、
連絡もなく、お迎えにきたお母さんがいました。
わたしと顔を会わせたとたんに、
「先生は、うそをついている」

わたしに、まったくしゃべらせる間も与えることなく、
責めるような言葉をあびせつづけます。
事態がまったく理解できないわたしに、
その母親が取りだしたものは、一枚の、写真が印刷された
コピー用紙でした。
 保育所風の子でライブカメラを設置し、よろこばれていた
と思っていたさ中、突然のクレームさわぎが起こりました

そのご家族は、2週間ほど前に入園したばかりでした。
お子さんは、保育所風の子にくるまで、母親から離れて
生活したことはありませんでした。
それまで、一日のうちで、全くというほど母親から離れた
時間を体験したことすらなかったそうです。。。
1週間たっても、
わたしのことも、女性の先生もだれも、そのお子さんの
こころに入れてもらうことはできませんでした。
それはそれで、わたしたちの保育の質が問われる、
お恥ずかしい話です

でも、少しずつですが、泣きつづける時間もへり、まだ
表情はカタいまでも、
何となく、落ちつく居場所を見つけたらしい様子もあって、
大人がそばにいるより、ひとりのほうが落ちつくような
そぶりを見せるときは、しばらくの間、
少し離れた場所から、わたしや、ほかのスタッフが見守る
日がつづきました

 そんなときでした。
「少し慣れてきたようですよ」という、お子さんをお迎え
にきた、その帰りがけのスタッフの言葉に安堵し、
ライブカメラを観たくて
園にお子さんを預けるようになってから、
あたらしく買ったというパソコンで、
はじめてカメラのページをひらいた瞬間、
その目にとびこんできた画が、、、
そうです。
画面の中で、お子さんがひとり、ポツンと立ちつくしていたそうです
すこし離れて見守っていた、わたしたちの姿は、カメラの
まったくの死角となっていました。
「保育園は、うちの子を、ひとりぼっちにしている。
 人見知りのはげしい、あの子に、ずっと寄り添っていて
 くれるのだと思っていたのに」
 母親は、その画をすぐさまプリントすると、すぐさま
園へとやってきました
。。。
その後、わたしたちに学ぶべきことは、たくさんありました。
保護者に伝える言葉ひとつひとつの重みと、
そして、本当の信頼がきずかれるまでは、保護者が
見たものや、聞いた事がらで、
保育について何かを感じた瞬間こそが、保育のすべて
となりうることを

たとえ、いくら、その前後にどれだけすばらしい保育をして
いたのだと言いわけしても、
それを受けとめてくださるのは、
真に、わたしたちを信じていただける気持があってこそ
なのだということを
。。。
 わたしたちは、万が一の事故を起こしてしまったとき、
真実を伝える義務があります。
もちろん、それ以前に、不慮の事故、不幸な事故をできる
限り、ふせがなければなりません

しかし、事故が起きたときにかぎらず、
日常のすべての真実を、「真実」として受けとめていただける
日ごろからの姿勢が問われていることを、
忘れずにおこうと思います。

Posted on 11月 15th, 2009

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